秘書 珠代(41-60)

2021年10月28日

秘書 珠代(41)

 それから一月近く経った八月上旬、東洋地所から指名通知書が届いた。その通知書を珠代は出勤してきた社長に朝の珈琲と一緒に机の上に置いた。

 文書は次のようになっている。
『第四期、蛍の郷・住宅マンション建設工事の入札について、次のとおり実施しますので見積書を提出してください。工事仕様書等については別途、お知らせします』

 小野田は文書にさっと目を通すと、
「珠代くんお手柄じゃないか! 入札八社に我が社が指名されたんだ」
と興奮気味に言ってから珈琲を啜り、
「お祝いに昼は出前寿司だ」
と満面に笑みを湛えた。
 
 珠代は微笑で返すが心は雲の一片もない快晴とまではいかない。蛍祭りが一週間後に控えているからで、佐伯との約束からますます逃げることができなくなる。

 それでいいではないか、女の欲求も解消できるからと思われるかもしれないが、珠代の心はそんな単純なものではなかった。

 潮風を全身に受けながら防潮堤の男に女の粘膜を摩擦されたら欲求が嘘のように鎮まっていた。女の体には絶えず貞淑と淫らが勢力を競い合っているのはわかっていたが…。

 その珠代は席に戻ると忘れずに出前寿司を予約してから仕事を始めた。ここ数日間は社長から直接、命じられている関東近辺での大規模宅地造成と業者の調査だった。

 珠代はネットで検索できない部分は直接、業者の広報部に電話して聞き出し、あるいわ国会図書館に出向いて収蔵されている業界誌や業界新聞紙で調べるようにした。こうした硬い仕事をしていると、女の欲求に翻弄されていた自分が恥ずかしくなる。

 昼時になると出前寿司が配達されてきて珠代と秘書たちは応接間で社長を中心にテーブルを囲んだ。

 今日の祝い寿司は珠代が主役なので社長の小野田の前に珠代が腰を下ろした。

 そうして、お祝いの出前寿司を食べる時にはソファーに腰を下ろした室長と二人の秘書の美脚が小野田の方へと披露される。
秘書たちもこの時ばかりは心得ていてタイトスカートから露わになっている美脚を開き気味にして女の帳までお見せする。

 この時のお見せ代金は秘書の査定に含まれて給与の総額に微妙に影響してくる。本日の室長の脚奥の帳は純白のレース、萌美はピンクのレース、そして珠代はというと…。防潮堤における淫らな行為の反動なのか膝を合わせて小野田の視線の侵入を防いでいる。

 その珠代の空気を読まない頑な貞淑に倫子が反感を抱いて注意する。
「秘書のショーツは身嗜みの対象なのよ。社長さんにお見せしないさい」

 珠代はしかたなく顔を横に向けて美脚を慎み深く広げていく。

 秘書たちの美脚のなかでも珠代の脚は群を抜いていて足先から付け根までの悩ましさと流れるような造形は男の目を飽きさせない。

 小野田はしばらく視線を珠代の美脚に這わせてから戻し、
「柄ものよりか白かベージュの無地にしなさい。そのほうが珠代くんの美脚をいっそう惹き立てるからね」
と珠代の美脚とその奥の感想を述べた。 

 そうして小野田は三人の秘書の美脚と奥に目を保養させてから、
「それでは東洋地所からご指名を勝ち取った珠代くんに乾杯しましょう」
と、冷えた缶ビールのタブを開けて、珠代のコップに注いた。

 秘書たちも互いに注ぎ合って乾杯とコップを合わせる。昼休みにビールで乾杯と言っても仕事中なのでコップ一杯で終りで、後は小野田から秘書たちへの職務の伝言になる。

「萌美くん」
「はい」
 萌美はかしこまって返事をする。
「最近、報告書に変換ミスが多いぞ。彼氏に夢中になるのもいいが会社では気を引き締めなさい」
 小野田は珠代を嫉妬させて喜んでいる彼女を注意する。

 そして室長の倫子に目を向けて、
「秘書の制服がスカートスーツだけというのも寂しい気がする。早急に他の服装も考えて欲しい」
「はい、わかりました」
 倫子は即座に了解する。

 そして小野田の目は珠代に向けられる。
「来週の蛍祭りにはいっそうの奮起で入札を有利に進めてほしい。佐伯部長は珠代くんを大変気に入っている。だから女の自然体で相手にすればいいから」

「はい、頑張ります」
 珠代はそのように返事をした。

 けれども、ふと気になって触れなければいいのに小野田に聞いてしまった。
「女の自然体でお相手をするというのはどのような接待ですか」と。

 小野田はコップのビールを飲み干してから、
「抱き寄せられたら緊張しないで身を預ければいいだけのこと」
と、簡単に済ませるつもりでいたが、優しい顔の未亡人を揶揄ってあげたい気分になった。

 小野田は正面の珠代を意識して粘った視線で包み込んでから、
「女は腰が括れて男に抱き寄せられるようになっているし、服を脱がされたら挿入されるように造られているじゃないか」 と言い、
 さらに感度抜群の未亡人ならではの極め付きのことを浴びせる。
「それに珠代くんは感じやすい。取引先の男にたくさん愛されたらいいじゃないか」と。

「そんな嫌らしいの、お断りします。ぃゃぃゃ」
 珠代は小野田の歯に衣を着せずの言葉に顔を真っ赤にし、両手で覆って泣く。

 倫子も乾杯のビールでほろ酔いなのか、
「そうよ。社長さんのいうとおりよ。佐伯さんの大きなお肉をたくさん入れてあげるのよ」
と同調する。

 そして萌美も、
「室長のいうとおりよ。会社の発展のために頑張ってくださいね」
と、くすくす笑いながら加勢する。


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秘書 珠代(42)

 珠代にも女の意地がある。室長や若い萌美にまで軽い女には見られたくはない。

 蛍祭りの前日、珠代は定時に退社して百貨店に寄った。そしてランジェリー売場で当日に身に着けるショーツとパンストを地味な品物に買い替えた。

 これまでのオープンクロッチの嫌らしいパンストから普通のパンストへ。そしてショーツはこれまでのナイロンのTバックから腰骨まで隠れる綿のショーツヘと替えた。この地味な下着で佐伯に抵抗してその気を無くさせてあげたかった。

 当日、珠代は社長と午後に退社して電車に乗り、待ち合わせ場所の駅で降りた。そして改札口を出るとすでに佐伯が夏の西日が射す駅のロータリーにレクサスを止めて待っていた。
 
 小野田が早歩きして佐伯の方に行く。そして指名のお礼をし、頭を深く下げた。小野田から数歩遅れた珠代も佐伯にお礼を言い、深く頭を下げた。

「そんなかしこまって照れるじゃないですか。今夜は飲んで蛍祭りを楽しみましょう」
 佐伯はすでにアルコールが入っているのか顔がほんのりと赤い。

 その佐伯の視線は珠代を熱いまなざしで見つめてくる。珠代は視線を下げて逃げる。

 佐伯と挨拶を交わした後、珠代は小野田と一緒に後部座席に乗ろうとしたが小野田が早々と釘を刺してくる。
「佐伯部長さん、どうですか。いまからでも美人秘書をお貸ししますけど」
 小野田は顔に意味ありな笑みを浮かべる。

「それは願っても無いです!」
 佐伯は声をあげて歓迎し、助手席のドアを開ける。
 
 珠代は断る勇気もなく造り微笑を顔に浮かべて、
「わたくしでよければ」
と、小野田から離れて佐伯の方へ。

 佐伯は珠代の手を取って助手席に座らせるとドアを閉め、運転手席に乗る。そして珠代の美脚と突き出した胸に視線をちらりとやってからエンジンをかけて車を走らせる。

 佐伯は珠代が助手席に乗っていても話しかけてくることはなく顔を真っすぐに前に向けて運転している。

 男は抱きたい女が傍にいると口説き落とすまでの段取りで頭の中が一杯になる。それで会話を楽しむ余裕すらなくなるが、欲望は隠し切れないで信号で車を止めた時に珠代の脚と胸を視線でなにげなく撫でてくる。

 珠代も佐伯の視線を感じて苦しくなって、
「…蛍のお祭りなんて初めてだわ」
と、車の進行方向を見ながら呟く。

 佐伯が応えてきたのはそれからしばらくたってからで、
「今年は川の水が安定しているので蛍が多いそうです。昨夜は部屋の中まで蛍が迷い込んできたと旅館の女将が言っていましたよ」と。

「…そうですか」
 珠代は小さく呟いてから伸ばしていた脚を組んでみたが、室長の躾けが頭にこびりついているのか組んだ脚をふたたび元に戻す。

 佐伯の運転するレクサスは丘陵地の緩やかな坂道を走っていく。これまで道に沿って流れていた川に大小の岩が現れるようになり、川底にも小砂利が透けて見えるようになってくる。

「車を運転するのが好きなんです。秘書さんは」
 佐伯がすれ違う車にブレーキを踏んで道を譲ってから話しかけてくる。

「免許持っていませんから。乗せて頂くだけです」
 珠代の亡き夫も免許は所有していなかったからドライブの楽しい想い出もない。

「今度、ドライブに行きませんか」
「そうね…。いつか誘ってください」
 珠代は佐伯の誘いに意味もなく応えた。

「父の別荘が伊豆にあるので、ぜひ、ご一緒にドライブしてください。入札を有利に進めるためには父にあなたを紹介する必要もありますので」
 佐伯が重要な案件を話してきたので珠代は返事に詰まった。

 珠代が返事を躊躇していると、これまで後部座席で目を閉じていた小野田が横槍を入れてきた。
「もちろん、お伴させていただきます。なあ珠代くん」と。

 珠代は断る勇気もなく、
「ぜひ、ご一緒させてください」
と、返事をした。


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