秘書 萌美(01-20)

2021年10月24日

秘書 萌美(1)

   一、新人研修

 都内の中古マンションの一室から一人の若い女が出勤しようとしている。
 先ほどまで春の日射しを部屋に注いでいた窓はカーテンが締められ、クローゼットから出された新調したスーツがベッドに投げ出されている。

 女は下着姿のまま、狭いワンエルの部屋の隅から隅まで探し物でいったりきたりしていたが、そのお目当ての物が見つかると、ようやく新調したスカートスーツを持って姿見の前に立った。

「あと十五分で部屋を出ないと…」
 女は服を脱いで下着姿を鏡に映しながらブラウス、スカートと身に着けていく。

 さきほど女か探していたのは入社試験を受けた会社からの採用通知で、差出人は小野田ハウス社長の小野田奨一、宛先は新海萌美となっている。

 萌美はこの一月の間、目まぐるしいほどの多忙な日を送った。これまで勤務していた大手商事会社への退職届の提出、それにともなっての会社の同僚との送別会や女子会に追われた。

 その同僚の中でも身体の関係まで発展している彼氏からは秘書になることについて猛烈に反対された。彼は社長秘書という職業が信用できないというのだ。直属の上司である社長や専務等のお偉方から身体を求められるから、というのがその彼の言い分だった。
 
 萌美はその可能性をまったく否定するつもりはなかった。秘書でなくても会社という組織の中で男女が接していれば少なからず付き合いが始まり、やがては肉体関係まで発展するのを排除できないのは男女の常であり、秘書に限ったことではなかった。

 ただ萌美には、それを憂慮しても高級優遇の社長秘書にならざるをえない理由があった。それは一流商事会社に三年も勤務していても、未だに大学生の時に借りた奨学金の返済に窮しているからだ。

 マンションの家賃が十万円に奨学金の返済が月々三万円は勤続三年の給料でもきつかった。それが倍以上の給料になる社長秘書になれば、奨学金の返済はもとより貯金までができる。そのために秘書検定の準一級まで取得していた。

 萌美は姿見の前で新調したスカートスーツに着替えるとマンションの部屋を出た。

 駅へと向かう街路を萌美は軽やなヒールの音を響かせて行く。街路樹の葉は萌美の初出勤を祝うかのように春の陽光に輝いている。

 その輝きにも増して萌美のタイトスカートから露出している美脚は眩く、ボタンを外したスーツの上着からはブラウスの胸が誇らしげに突き出している。


nasu2021 at 14:40|PermalinkComments(0)

2021年10月25日

秘書 萌美(2)

 営団と都営の地下鉄を乗り継いで三十分、萌美は超高層のテナントビルの前に立った。ビルの谷間を吹き抜けてくる春風に髪を靡かせると、微笑を顔に湛えて玄関に向かった。

 ビルに入った萌美はエレベーターホールの掲示板から会社を確認する。二十階と二十一階のすべてを小野田ハウスが占有している。業務拡張のために今年度から二十一階も使用すると社長の自慢話を萌美は思い出していた。
  
 待っていたエレベーターが下りてきて萌美は乗る。ビルが新しいのでエレベーターも最新型なのか動いているのか停まっているのかわからないくらいに静かで、あっという間に二十階になり、萌美はその上の階で降りる。

 受付カウンターがあり、約束の時刻を確認してから受付嬢に氏名と要件をいう。待たされることもなく面接で社長の隣にいた美しい女性が現れて事務室に招かれる。

 事務室は窓から春の日射しが差し込んでいて広々としている。その中央の通路を二人の美人が社長室の方へと行くのを社員が目を細めて何やら話している。

「どっちが好みだ」
「室長がいい」
「俺は今度の新人だな。室長は社長にズブズブだからな」

 室長とは秘書室長のことで、今年の春、目出度く昇格した三枝倫子のことである。

 事務室の通路の突き当たりが社長室で、秘書室とパーテーションだけで接している。その簡素な仕切りを補うために観葉植物に囲まれた応接間が二つの室の間に設けられている。

 萌美は倫子に続いて『秘書・社長室』と掲示されたドアを開けて中にはいる。
 
 採用通知が届いてから萌美は秘書室の光景をどれほど想像したことか。若い女性に人気がある職業は女子アナであるが、それに隠れるように美貌に恵まれた女性に根強い人気があるのが社長秘書であることは昔も今も変わっていない。その華やかな職場で働く自分の姿が萌美の脳裏から消えたことがなかった。

 その脳裏の光景と現実が少しも乖離していないことに萌美は胸が熱くるのを覚えた。ゆったりとした室内には秘書たちの上品なデザインのデスクと椅子が三対。そして部屋の隅には小奇麗な厨房と秘書のロッカー。さらには応接間と書棚までが設けられていて、知的でセンスのある女のエリート職を保証していた。

「こちらが新海さんのロッカーよ。ハンドバッグはこちらに仕舞うように」
「はい」
「それから、今日は上着も脱いでね」
「…はい」

 萌美は倫子に言われたとおり、ハンドバッグをロッカーに仕舞い、スーツの上着を脱いでハンガーに掛けて扉を閉めた。ただ、なぜ、今日だけスーツの上着を脱ぐのかよくわからない。

「社長が来るまで、こちらのソファーに腰掛けてお待ちください」

 倫子は社長室へと行き、萌美一人が応接間に残された。その萌美は自分でも緊張しているのがわかり、視線が落ち着きを失ってあちらこちらと巡る。

 しばらく待たされてから室長が社長を伴って現れた。萌美はソファーから立ち上がって社長に一礼してから視線を受けるようにする。

「貴女をお待ちしておりました」

 社長の小野田が顔に満面の笑みを湛えて現れると 萌美にソアァーに腰を下ろすことを促してくる。萌美は緊張している顔を無理やり解して微笑を造り、

「このたびは採用していただきまして、ありがとうございます」

と、深いお辞儀をしてからソファーに腰を下ろした。

 その萌美の正面に小野田が座り、彼の隣に倫子が腰を下ろす。三人の視線が落ち着いてきたところで小野田が口を開いた。

「思っていた以上の応募がありましてね。選考に時間がかかって採用の通知が遅れました。申し訳ございません」
「いいえ。とんでもございません。このたびは私なんかを採用していただきまして、ありがとうございます」

 慇懃な小野田に萌美は畏まってお辞儀をする。

 実際、採用試験には小野田の思い切った高給優遇で、なんと五百名以上の応募があり、書類審査、一般教養のテストと面接で、選考に二ヶ月以上も費やした。

 その五百名の中から選ばれた萌美だが、一流女子大卒の秘書検定準一級を所持しているキャリアは申し分ないが、小野田好みの美貌という点では未知数だった。

 面接時のスーツ姿からは乳房の大きさを推し量ることができなかったからだ。ただ、女好きの小野田の目にはスーツを着た彼女の鳩尾の左右に、ボリュームを隠した不自然な膨らみがあるのを捉えてはいた。

 それが、いまこうしてスーツの上着を脱がせてみたら、痩せ形の体型に不相応の乳房がブラに納められているのがブラウスの胸に判然としていた。

 …これは想定外の大当たりか!

 小野田は脳裏で喜んだ。

 顔と脚だけの美人だったら一年の試行期間で再契約はしないつもりだった。接待秘書は学歴とキャリアよりも美貌の女体がなによりも優先されるからだ。男好きのする女体であるからこそ、取引先の顧客に対して強力な武器になる。

 萌美のブラウスの胸を小野田が見つめているうちに、倫子が研修の資料を用意して彼女の前に置く。
 
「これから一週間は研修よ」
「はい」

「新海さんは総務の方と一緒よ。こちらには研修の復命書を出すときに顔を出すだけでいいからね」
「はい」

 研修の説明に萌美の視線が倫子に注がれるようになる。そのとき遅番の響子が出勤してきて、三人分の珈琲を淹れて応接間に姿を見せた。小野田は萌美から視線を戻すと、倫子の説明を中断させて秘書室のスタッフを彼女に紹介した。



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