秘書 響子(01-20)

2021年10月23日

秘書 響子(1)

 一、響子の研修

 小野田ハウスでは新年早々、機構を改革した。
 企画部を新設し、営業部と開発部に人員を増して芙蓉不動産から受注した学園都市開発に全力投球をすることになった。さらには社長秘書も一人増員した。その新採用の秘書が片山響子だった。

 響子は小野田ハウスから採用通知が届いた日、自宅で家族と細やかなお祝いをした。

「社長秘書か、すごいなあ」

 小学一年の一人息子を二階の部屋に寝かせて戻ってきた響子を夫の辰也が見つめて言う。

「社長秘書といっても中堅の建設会社よ。たいしたことないの。お給与がいいだけ」

 響子は大袈裟な夫をさらりとかわしたが、社長秘書に採用されたことで、今でも気持ちは高揚している。

 響子が働くといったとき辰也は反対しなかった。新築した家のローンの返済があるし、一人息子の将来のことを思うと貯金もしなければならない。だから辰也が響子に面と向かって反対できるわけがなかった。辰也が心配するのはただ一つ、社会に復帰する美貌の妻が男たちの目に晒されることだった。

 響子が辰也と結婚したのは十年ほど前で、勤務していた銀行での社内結婚だった。清楚な顔に腰の位置が高いスラリとした体形は辰也が最も好むタイプの女だった。

 スタイルだけではなく銀行の制服の中に秘めている豊かな女の象徴を辰也は見抜いていた。その勘は当たっていて、響子を口説いてホテルで脱がしたとき、思ったとおり、緩めのブラウスの中には充分過ぎるほどの豊かな美乳があり、熟れた女の蜜壺が控えていた。

「社長はどんな人?」

 辰也は響子の突き出したシャツの胸に視線をやる。

「そうね…」

 響子はテーブルに頬杖をついて視線を宙に預けた。

 一週間前の面接が想い出される。
 若い社長との面接で響子は緊張していたが、質問の多くが銀行の話しだったので気分も楽で、彼に対し十分に応えることができた。ただ、その社長と一緒に仕事をしていく上で気になる事が何もないかというとそうでもなかった。

 彼の見つめてくる視線に仕事上の関係だけではすまされない危ういものを響子は女の肌で感じとっていた。それを辰也に話したところで余計な心配をさせるだけで、そのような女の懸念を自分の思いすごしによるものだと思うようにしていた。

「日に焼けた若い漁師か肉体労働者。そんな感じかしら」

 響子はダサイイメーシで辰也を安心させたつもりだけど、辰也にすれば男の腕力に物を言わせて妻に襲いかかる狼にますます思えてしまう。

「ふうん、社長のイメージじゃないな」

 辰也はそう言って時計を見ると響子の傍に行き強引に抱き寄せた。

「子供が目を覚ますから…」

 響子は二階で寝ている子供を心配しながらも服を脱がしてくる夫を許す。その彼女の寛容は社会への復帰を許してくれる夫への感謝からきていた。

                ******

 採用通知から一月が経った四月一日の朝、響子は出勤する夫と子供を玄関から見送って二階の自室に戻った。鏡台に座って化粧を済まし、クローゼットからスカートスーツを出すと、衣服を脱いで姿見の前に立った。

 鏡には子を産んだようには見えない三十代後半の下着姿の女が映っている。子を産む前と比べて多少は皮下脂肪がついているが、却ってそれによって女の柔らかな線に艶が上塗りされている。

 響子は鏡の下着姿に微笑んでから衣服を身に着けていく。ブラウスはこれまでのように乳房の突き出しを隠すような緩めではなく胸のサイズにフィットしたものにし、スカートも秘書の服務規定に明記された膝上十五センチのタイトスカートにしていた。

 響子はスーツを着るとハンドバッグを手にして部屋を後にした。



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秘書 響子(2)

 通勤電車に乗るのは数年ぶりになる。通勤客で混雑した車内も、人の息づかいも今の響子には爽やかだった。ただ全てが爽やかというわけではなく、混雑を寄りどころに手や身体を押し付けてくる男の行為だけは不快のなにものでもない。

 終点で響子は降りて地下鉄に乗り換えて二駅目で降りる。駅の階段を上って地上に出た響子にとっては久しぶりの都会だった。街路を歩く響子のハイヒールも軽やかな音を響かせている。

 響子は五分ほど銀杏並木の街路を歩いて超高層のビルの前で立ち止まった。テナントの社員が続々と建物の中へ吸い込まれていく。響子は時刻を確認してから人の流れに任せて建物の中へ。

 エレベーターに乗り35階で降りる。中堅の会社なのに受付があり案内嬢までいる。響子は案内嬢に採用通知を見せて事由を説明した。しばらくして美しい女性が迎えに来てくれた。響子は彼女の後について事務室の中へ。

 三十五階のフロアのすべてを占有しているから明るく広々としている。ブラインドを開けた窓からは春の陽光が射している。響子は女性の後に続いて通路を歩いて行く。

「去年の暮れに、このビルに引っ越してきたのよ。明るくて広いでしょ」

 女性が振り向いて言う。顔がはっとするほどに美しい。

「ええ、とっても」

 響子も微笑して返す。

 営業部、開発部と過ぎ、掲示板の文字も新しい企画部の前にくる。

「機構改革で新しく企画部を設けたの」

 響子が頷くと女性は前に向き直って歩きだす。そうして総務部の前を通って仕切られた壁に突き当たる。ドアには秘書・社長室と記されている。

「片山さんの席はこちらです」

 女性がそう言ってドアをノックして中に入る。響子も彼女の後に続いた。

 勤務することになる秘書の席がどのようなものなのか響子は気になっていたが、机の配置をこの目にして胸を撫で下ろした。部屋は広く二つの机が観葉植物を境にして間隔を広げて置かれていた。そしてドアに一番近い新しい机の上には自分の名札が置かれている。

「こちらが片山さんの机とロッカーよ。私の席はこちらです」

 自分の席を示された響子は女性にお辞儀をして返す。
 響子は彼女が先輩になる秘書だと今になって気がついた。もっとも、こんなに綺麗な女性が普通の事務職にいるとは思ってはいなかったが…。

「いま社長がきますから、こちらでお待ちください」

 響子は自分のロッカーにハンドバックを仕舞うと応接間のソファーに腰を下ろした。倫子はパーテーションで仕切られた窓際の社長の席へと姿を消した。
 
 響子はようやく肩から力を抜いて気を弛めた。思った以上に会社は大きく社員も多い。それに先輩の秘書が美しい人なので身が引き締まる思いと安心感みたいなものがあった。


nasu2021 at 11:14|PermalinkComments(0)