2022年05月26日
准教授 美紗子(72)
信号が青になると前の車は左折して速度を上げていく。左はラブホのネオンの方角で透の運転するレクサスも左折する。
道は広い片側二車線のバイパスで道路脇の電柱には西欧の古城を思わせるラブホテルの広告が貼られている。そのくせ家々の軒先には錆びた鉄製の自転車が止まっていて納屋の罅割れた漆喰が道路に面している東北地方の典型的な国道だ。
美紗子は顔を窓外に向けながら一定の感覚で腰の奥が熱くなり流れていくものを覚えていた。男は車の運転があるから気が紛れるが、女はこれから始まる肉の愉楽を妄想して体が準備を始める。
美紗子は濡れがシートに漏れるのではないかと腰を蠢かすが、透の視野がそれを捉えて、
「もうすぐだけど路肩に停めて、啜ってあげようか」
と、恥ずかしいことを平気で口にしてくる。
「腰が少し凝っただけなの」
と、美紗子はすぐに返すが、
「
と、美紗子を傷つけることを言ってくる。
「勘違いしないでよ。俺はそういう美紗子先生が好きだからね」
と、言い直して慰めてくる。
美紗子は透の慰めが嬉しくて太腿に手を置いて、
「ありがとう」と返した。
女にとって濡れる恥ずかしさが、この男の前では不思議と屈辱感がない。好きというのもあるが、女の恥ずかしい生理まで歓迎してくれるのが肌で感じられるからだ。たがら美紗子も安心して濡れることができる。そういう男に恥ずかしいことを口にされても嫌いにはなれない。
美紗子は走っている道路の遠くの闇にぽつんと輝いているラブホのネオンを見て呟いた。
嵩上げして造成された高速道路からは近くに見えたラブホのネオンが田畑を造成した平地の道路からは倍の距離に見えていた。
交差点を二度も過ぎたのに前のカップルの車は変わらずで、街路灯の明かりに仲の良い陰影を時折、浮かび上がらせている。助手席の女が腕を伸ばして運転手の脚を触ったり、髪を触ったりしている。
「仲が良いのね」
美紗子が呟く。
「女が待ちきれないで濡らしているからだ」
透が確信して言う。
美紗子はまた透の女いじめが始まったと思った。けれど反論はしない。実際、男の体を触ることで疼きを鎮めようとする女の行動に違いなかった。美紗子も透の体を触りたいが、いじめられるのを知っているから我慢している。
美紗子のいい加減、岩下透の女イジメを非難したいが、我が身はどうなのかと問われると反論できない。
子を産むという女の役目を捨て、膣の摩擦とセックスの快感だけを欲している自分は岩下透よりも罪深いからだ。
「…女はそのように神様から造られているの」
美紗子は降参して自身も透の脚にそっと手を置いた。
その刹那、腰の奥で小さくグルグルと子宮が震えるような感覚がして美紗子は顔を窓際の方へと逃がした。
「…濡れやすい美紗子先生、俺は大好きだからね」
美紗子の腰の蠢きで岩下透が察して慰めてきた。
「ありがとう」
美紗子は透の太腿に置いた手を押し付けるようにしてお礼の返事をする。
車は国道から地方道の田舎道を走っていく。前方の街路灯の遠くに黒い盛り上がった闇が広がっていて登っていく山道に小さな明かりが点々としている。
透の車は電柱に貼られた標識の矢印の方へと行く。左折し、しばらく直進すると丘を登り始めた。あのカップルの車も前方を走っている。
透は相手の車に気を利かせてブレーキを踏んで車間距離を空けた。そして前方から車のテールランプが見えなくなってから速度を戻した。ラブホのネオンはすぐ近くの斜め上に輝いている。
透の車は標識の矢印に従い右折してから急な坂を登っていく。するとライトアップされた洋館の建物が現れた。
駐車場に入り、空いている車庫に透は車を停めた。
次の更新は6/3(金)です。